人物名について

登場人物の名前について。

もう十五年くらい前になったが、涼宮ハルヒの憂鬱シリーズという有名作品があった。

かの作品の主人公である語り手は『キョン』とだけ呼ばれて名前が一切出てこないのだけど、あれは一種のギミックでもある。ライトノベルの読者は主人公に自分を投影しがちであるというのを逆に利用し、主人公名を記号にしたのだと思われる。
こういう演出の工夫はいくつかの作品に見られる。たとえば、とあるゲームでは友人たちはよく喋るのに主人公は決して喋らない(例:ドラゴンクエスト)。主人公=プレイヤーを投影するものだからだ。

ところで、物語の主人公格なのに名前がない、あるいは意図的に語られないケース、実は結構ある。多くは演出上の理由だったり、あまり意味がなかったりする。

たとえばH.G.ウェルズ『タイムマシン』の主人公は時間旅行者とされているだけで名前は一切出ないが、これは『時間旅行者』以外の肩書は無駄な設定だからだろう。

アルプスの少女ハイジのおじいさんは「アルムおんじ(Alm-Öhi)」または「おんじ」と呼ばれているが、これは牧草地のおじさん、あるいはただのおじさんという意味のあだ名で、もちろん名前じゃない。そしてフランクフルトから来た人たちも、おじいさんとしか呼んでいない。(ハイジではいくつかの点で名前が特別な意味をもつ。たとえば有名なロッテンマイヤー女史は名前イコール、クリスチャンネームなので、ハイジの自己紹介をきいて「それはあなたの名前ではないでしょう」と、アーデルハイトの名で呼ぶ。これは聖者の名で、ハイジはアーデルハイトの愛称でもあるのだが、名乗ってきた名前まで全否定される勢いで、もちろんハイジはこれから大変な目にあうのだけど、それを象徴するような話である)。

さらに別の作品では、作中で主人公が会話の中で名乗るまで、ナレーションも少年と語り続けている(例:さいとうたかを『サバイバル』)。