『オーバーロード』書籍版を一から九巻まで読んでみた感想。

Web版とアニメだけではわからなかった部分の考察が色々できた。
着目した守護者中心にいってみよう。

もちろんネタバレ。

1.アウラ&マーレとシャルティアの関係性

制作者がそれぞれリアル姉と弟であり、言動や行動からその関係性が伺える。
たとえばシャルティアの暴走時に、心配したアウラが彼女を見て毒づくシーン。あるいはアインズとシャルティアの一騎打ちにこれ以上ないタイミングでさりげなく割り込み、こっそりシャルティアの失敗をフォローする姿。そういう姿に、仏頂面で弟のフォローをする姉貴の姿が垣間見える。
シャルティアがアウラたちに悪意を持っていないのもシャルティア当人の口から言及されているし。

また、マーレはおそらく姉から見た幼少期の弟を美化・アイコン化したものである事については前に述べたが、おそらくそれだけではないだろう。マーレはマーレで、うまく空気を読んで姉貴の苦手な部分をフォローする事に長けていて、このあたり、弟を悪からず思っている事が伺える。

ただし。
明らかにマーレがモモンガに対して過剰なほどの好意の塊な点だが、ペロロンチーノとモモンガが非常に仲良しなのを見て、ぶくぶく茶釜嬢が設定した可能性があるが、おそらく(シャルティアとアウラの仲が悪いという設定のように)明記された意図的なものではなく、単に弟とモモンガが仲良しなのを見ていた姉の気持ちが影響しているのではないかと思われる。
両者の違いがわかるだろうか?
シャルティアとアウラの仲の場合「ペロロンチーノ様がそう設定したからそう行動しているだけ」とシャルティアが名言している。すなわち、与えられた設定だと当人がちやんと認識しているわけで。
しかし根本的な自分自身の性格はおそらく、シャルティアの素の感情に、ペロロンチーノ当人が姉に対して抱いていた感情が合わさったものであり、明文化された設定がもたらすものではないのではないか、という事だ。

上の認識の元に、今いちどマーレの行動を思い出してみよう。

「モモンガさまー」と嬉しそうに駆け寄ってくるマーレ。
もらったアインズ・ウール・ゴウンの指輪を迷わず、左手の薬指にはめるマーレ。
お風呂で率先して、非常にアインズをかいがいしくお世話するマーレ。

これは……明文化された設定じゃないよね、たぶん。
ペロロンチーノとモモンガが仲良しなのを見ていた、ぶくぶく茶釜の(たぶん軽い嫉妬と腐臭がこもった)感情なのではないかなと、うん。

まぁこの点、少し屈折したものも感じるまだけど、実は同じ事はシャルティアに、ひいてはシャルティアを設定したペロロンチーノにも同様のものがうかがえるという意見もある。
なぜなら、シャルティアのスキルや能力は明らかに対モモンガを意識した構成になっているからだ。
でもこれは、同じバイク仲間で親友と書いてライバルと読み、親友に勝つ事を意識する人とか実際にいるわけなんで、どちらかというと、仲良しであるからこそ対アインズを真正面に据えた設定を織り込んだ可能性が高いと考えている。
少なくとも、変な意味ではないだろう。

2.アルベドについて

ネットではヒドインと名高いアルベドなのだけど、実のところモモンガ(アインズでないところにも意味がある)の内心を最もよく理解している存在でもある。

・「私たちの気持ちに応え、守護者としての態度をとってくださった」というセリフ。
・「(他の守護者は皆、私たちを見捨てて去って行ったのに)ただひとり残ってくださった慈悲深き君」というフレーズ。
・誰も入れる事のない私室には、アインズ・ウール・ゴウンの旗が汚れたまま放置されている。
・仲間に対してモモンガの感じている寂寥感などを、誰よりも強く感じている部分が多々ある。
 (霊廟で、モモンガが仲間の像を見ている時にアルベドが浮かべる、痛ましげな顔。NPCたちの喧騒にかつての仲間たちを見て寂しげなモモンガに、誰よりも早く気づき手をさしのべる等)
・アインズ・ウール・ゴウンをモモンガにかけられた枷のように考え、モモンガを開放してあげたいと思っているふしがある点。
・「モモンガを愛している」という言葉を付け加えてしまったのが、他ならぬリアルのモモンガ自身である事。

基本的に守護者の心には「至高の41人は、いつか戻ってきてくださる」という願望にしがみついている部分があるようだけど、少なくともセバスとアルベドだけは「モモンガ様は、私たちを最後まで見捨てず残ってくださった」とハッキリと言い切っている。つまり裏返すと、他の至高の方々は自分たちを見捨てたと言い切っている事でもある。
この点は決して小さくないと思う。
(たとえばデミウルゴスは「モモンガ様は最後に残られた至高の御方」と繰り返し言っているが、他の至高の方々について、見捨てられた等の言い方を全くしていない。これはアウラ等でも同じのようだ)

ここでひとつ考えてほしいのは、ユグドラシル上の設定がどうやって各NPCに反映されているかという点だ。
興味深いのはシャルティアとセバスの会話。つまり、アウラとシャルティアは実は仲が悪くはないのだが、シャルティアを作ったペロロンチーノがそう設定したから、からかっているだけだとシャルティア本人が言い切っているのである。これはつまり、おそらくは以下のようなロジックでNPCの性格がつけられているのだと思われる。
・各NPC自体の意識等は独立したものだが、同時に製作者の意図した設定を色濃く受け継ぎ、さらに独自の経験もある。

たとえば価値観などの基本的な方向付けは製作者に似たものとなるが、同時に経験などの肉付けは、プレイヤーがつけた設定によると思われる。つまり設定はある程度、悪く言えば後付けになっているという事。
だからこそ、仲が悪いと設定されていても実際は憎からずのシャルティアとアウラのような関係があり。
だからこそ、製作者同士のそりが合わない事から、職務上は信頼していても性格的には嫌悪の対象というセバスとデミウルゴスのような関係もあるわけだ。

そして忘れてはならないのは、ユグドラシル時代に見聞きした事も彼らは覚えているという事。
たとえば、期待の新作エロゲに姉が出演していたと嘆いているペロロンチーノと、それを慰めるモモンガの会話を、同じフロアで待機していたシャルティアがちやんと覚えているわけで。
また、第六層のアウラの家はナザリックの女性プレイヤーの寄り合い場であった事も彼らの記憶から語られているわけで。
(そして、そうした会話の記憶から、ぶくぶく茶釜がペロロンチーノの姉である事も、リアルでの仕事が声優である事も知っていたわけで)

そんな彼らが、毎日ひとりぼっちで黙々とギルドを維持していたモモンガを覚えていないわけがないのではないか?

モモンガがアルベドの設定に「モモンガを愛している」と書き加えた時、彼の心にあったのは「寂しさ」だろう。リアルでもひとりぼっち、ユグドラシルでも仲間に置いて行かれ、そんな寂寥感があったのは間違いない。
設定自体はたぶん、本来は最大でもシャルティアが寄せる好意レベルになったのだろう。
だけどモモンガの抱いていた寂寥感と、そして自分たちが見捨てられたという想い。そして、寂しげなモモンガを見ていた記憶。
そうしたものが、アルベドの性格を決定づけたのではないかと思われる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)